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 花かんざし ② 後編

その火を消してやる水がなかったのです。
「ゆるしてくれ、ゆるしてくれ」、人形つくりは崩れて折れ重なっている雛人形たちを片端から救いあげようとしてみました。
けれど、手のひらにのせるだけで人形はほろりとこぼれて地面に消える灰になっていたのでした。
朝の光は空に春が来たことを知らせていました。
さて、その戦争が終わっても人形つくりには人形をこしらえることができませんでした。
戦争で大やけどを覆った右手はもう使えなくなっていたからです。
町に平和が戻り、雛の祭りが帰ってきても、人形つくりには雛の祭りは戻っては来ませんでした。
これから先、どんなふうにして生きてゆけばいいのかと人形つくりは考えました。
失った右手をぼんやり見つめました。 そのときです。うなだれている人形つくりの耳にカラカラと回りながら近づいてくる何かの音が聞こえました。
人形つくりは外を眺めました。そこには穏やかな月の光が溢れていました。
光の下に広がっていたのはまだ焼跡を残している町ではありません。
溢れるばかりに咲いて匂っている桃の林が人形つくりの目の前に広がったのです。
そうして咲き匂う桃の小枝が天涯(てんがい)のように伸びている林の中の道を一台の御所車が進んでくるのでした。
黒い漆塗りに金泥(きんでい)の模様をつけた御所車は降りかかる桃の花びらを浴びて静かにやってきます。
人形つくりは思いがけない光景をもっとよく見ようと外に出ました。
薄紅色の花の中へ分け入って行きました。
御所車がかすかにきしって止まると降り立ったのは薄紫の着物を着た女の人です。
ほっと匂うように、その人は笑いました。
「どなたです?どこから来たのです?」人形作りは尋ねました。
「ずっとずっと遠くからあなたのお嫁になりにきました。あなたの右手の代わりになるために」、女の人は言いました。
「どうぞあなたの好きな名で私を呼んでください」、その声を確かにいつかどこかで聞いたことがあると人形つくりは思いました。
おっとりと白いその顔にもいつか出会ったことがあると。
じっと見つめている人形つくりの前で女の人は微笑みました。そっと首をかしげました。
すると黒い絹糸のような髪に飾られたかんざしがチリチリと歌ったのです。
それは、この世にふたつとあるはずがない人形つくりがこしらえた銀の花かんざしでした。

「終らない祭りより 作:立原えりか」

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