2ntブログ

 信じることから始める

岐阜県多治見市の紙ふうせんさんから昨日のブログにさっそくメールを頂きました。
内容は「人を信じることの難しさ」とありましたが、多くの人がそう思っているかまた経験をしているはずです。
答えになるかどうか分かりませんが参考にして戴けると嬉しいです。

世の中には、良かれと思ってやったことが誤解されたり、相談してくる側の安易な心によってがっかりしたりショックを受けるなど本当に日常茶飯事です。
先日、まだ美空ひばりが15歳当時の「悲しい瞳」という映画を見ました。内容は、父がとても真面目で熱心な教師をしており、その娘2人との愛情溢れる物語でした。
或る日、副担任が修学旅行の生徒たちから集金した旅行積立金を間近に迫った旅行のため瞳(ひばりの役)の父(教師)に全額預けたのです。
それから数日後、父の教え子(45才くらい)がやってきて事業の失敗を打ち明けられ金を貸して欲しいと頼まれます。まもなく定年の父は、あと少しすれば退職金が入るのでそれからなら貸してあげられるんだがと断りました。教え子は「もういいです。家族が離れ離れになっても仕方ありません」と肩を落とし先生の家を出ます。
先生(父)の頭の中に旅行までに返してもらえるのならと後を追いかけ卒業生に貸してあげました。
(中略)
しかし、それは遊ぶ金欲しさの悲しい話(うそ)だったのです。父はそんなことを知る由もありません。
結局父は教育委員会やPTA総会で首(解雇)を言い渡されてしまいます。父の使い込みと結論づけられその金が返るはずがなかったからです。
人を信じる優しさを踏みにじってしまう典型でした。父は自分を責めますが当然退職金も入らず生活は大変なことになってしまいました。

このドラマは「人を想う大切さ」と「信じることの尊さ」、「助け合う家族愛」を描いていましたが実際にこうしたケースは内容は違ってもいくつか事例はありますね!
しかも金を借りた卒業生はこともあろうに飲み屋の女に貢いでいたのです。その飲み屋で人の良い恩師を馬鹿者だと嘲笑っていたのだからたまりません。悲しいことに娘瞳はその話を聞いてしまうのです。
結果的にはその卒業生が瞳の心に打たれて自分が悪かった、恩師が使い込んだのではないと証言することでめでたしめでたしとなるのですが、内容は違っても自分勝手な者の心で悲しい思いをする人は少なくないようです。
人のために尽くしているのに、頼むだけ頼んで本人が本気でないケースって私も経験してますしそうした話はたまに耳にします。
もっと言えば、金になる話には乗ってくるがそうでないとプツンとその縁は切れてしまう。まあ見れば分かりますがそれでも人間というものは人を信じたいものです。

どうでしょう!悲しい思いまでして人を信じるということは。
私は自身の経験から得たことは「騙すより騙された方がいい」ということでした。
若者の夢の実現に手を貸すことはたびたびあります。様々な経験や知識の中で私が知っていることは惜しみなく教えようとするんですね。これは資格以上のものであって非常に価値あるものだと思っています。
別に無償でも構いません。そこに心からの感謝の気持ちがわくという経験が生まれるのなら。
中には費用のかかることも少なくありません。どうしてそこまでやるんだろうと思われることもあるようです。
特に最近は何をやるにしても「金」がかかります。
昔、雪国で生活していたときは、屋根の雪下ろしを喜んで(無償)したものです。現在は1人18,000円以上「人負賃」としてかかります。すなわち人が動けばただなものは何ひとつとして無い世の中になってしまったのですね。
従って金を払う方も、払うんだから当然の心が生まれます。そこに少しずつ人の心の希薄さが生まれるようです。

人を信じるに値するのは「感謝の心」があるからです。そう思いませんか? 感謝の心に嘘は生まれません。そこで初めて相手を信じて良かったとなるのです。
自分が中心の人はいつか悲しい目に遭うはずです。世の中ってそういうふうに出来ています。
幸せって、信じ合える中に芽を出して来ると思いませんか? それがいずれ愛に変わり、なんて話はいくつもあるはずです。人間だからこそですね。
信じることが難しいのは、厳しいようですがまだまだ心が本物ではないと思ってください。
プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
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